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インドネシア出張3(日本食レストラン) [海外雑記]

 ホテルチェックイン後、ジャカルタ夜景.jpg私達はアントンさんの誘いで、夕食を一緒に取ることになった。再び車に乗り、ジャカルタの町の中、渋滞を避けながら数十分走った後に、辿り着いたのは日本食レストランの前だった。

 店員の先導で部屋に通されたが、そこには既に明日訪問する会社の人達が待っており、席に着く前にアントンさんから紹介を受けた。とりあえず私達は地元ビンタンビールで乾杯をしたが、ビンタンビール.jpgアントンさんはビールをコップに少し入れ乾杯の真似をしただけだった。それを見ていたS君が『やはりお酒はだめですか?』と聞くと、『イスラム教ではお酒は禁止です。でもビール程度は人によって飲む人もいます。』と答えた。S君は続けて『イスラム教では、色々なことが義務付けられていますよね。』と云うと、アントンさんが『ええ最も重要なのはお祈りです、お祈りはIsya(夜8時頃)、Subuh(夜明け早朝)、Lohor(正午)、Asar(午後3時頃)、Magribお祈り.JPG(日没)の1日5回しなければなりません。イスラム(ISLAM)の名前は、お祈り時間の頭文字を取って作られたと云われています。それに1年に1ヶ月間行うプアサ(断食)は、夜明けから日没まで、水も食物も口には一切入れません。このプアサは、食事も満足に取れない人々の気持ちを皆が理解するために始めたものです。また糞尿を餌にしている豚肉は、サシミ.JPG不浄なので食べません。昔、豚肉から伝染病が発生したので禁止したと云う説も有りますが。』と説明してくれた。

 S君が、『お祈りが出来なかったらどうするのですか?』と聞いた。『お祈りは絶対にしなければなりません。お祈りの呼びかけはアザーンと云って、肉声で呼びかけます。もしこの時お祈り出来なかったら、スサン.JPG後でお祈りします。』『へ~厳しいのですね。』とS君が云うと、『お祈りは神様への感謝です。』とアントンさんが当然と云った顔をした。

 暫くすると、私たちが注文した食事が運ばれてきた。運んできた店員をふと見ると、日本人かと思える顔立ちだ。私はインドネシア語で、『アンダ(あなた)ナマ(名前)?』と聞くと、すぐ名札を見せて『スサンです』と答えてニコッと笑った。私は以前、日本人のルーツはモンゴル人とインドネシア人だと読んだことを思い出し、確かにその説は正しいのではと思った...

(追記)私事で暫く日本を留守にします。その間記事は予約投稿で掲載させて頂きますが、頂いたNice、コメントには返信できないのでお許しください。


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インドネシア出張2(ジャカルタ) [海外雑記]

 我々を乗せた車はジャカルタ市内に入ると、ジャカルタ市内の渋滞.jpgところどころで渋滞に巻き込まれた。『ジャカルタは相変わらず渋滞がすごいですね。』とアントンさんに云うと、『ええ、相変わらず渋滞は解消されません。何しろジャカルタでは、1日車が200台、バイクが900台づつ増えています。今年中に道路の総面積より、車両の総面積が上回ると聞いています。』『え~、それはすごい』とS君。アントンさんが続ける、『渋滞を解消させるため、three in oneと云うルールを作ったんです。午前7時から10時まで、午後4時から7時の通勤時間帯は、車に3人以上乗っていないとジャカルタ市内に入れない。』ジョッキー.jpg『それで、効果は有ったのですか?』とS君。『全く効果は出ませんでした。』とアントンさんが答えたので、『え、何故ですか?』と私は聞いた。『新手の商売が出てきたのです。ジョッキーと云う人達で、規制される道路の入り口で待ち構え、人数が3人いない車に、お金を貰って乗込む商売です。』と云ってアントンさんが眉をしかめた。

 私たちがジャカルタ市内のホテルに到着したのは、午後6時半頃だった。車がホテルのゲートを通過し正面玄関に向かう途中、突然銃を持った制服姿の男数人が車を停止させた。一人の男が棒の先に付いた犬と共に警備に当たる警備員.jpg測定器らしき物を車の下に入れ調べだした。同時に他の男が運転手に指示してトランクルームを開けさせ中を調べている。『何でしょうか?』とアントンさんに聞くと、『爆発物のチェックです。2005年に起きたバリ島爆弾テロ事件から、一流ホテルのチェックが厳しくなりました。このホテルは5星の国際ホテルですからチェックが厳しいのです。』と説明してくれた。確認が済むと車は正面玄関に横付けされたが、ここでもトランクから下ろされた我々の荷物が、空港と同じⅩ線検査にかけられてから渡されたのには驚いた。5星ホテル.JPG

 ホテルのロビーは広く、天井には大きなシャンデリアが下がっている。フロントの受付嬢もよく教育されており、流暢な英語でてきぱきとチェックインの処理をしてくれる。私はアントンさんに、『さすが5星ですね。でももっと安いホテルでよかったのですけど。』と云うと、『このぐらいのホテルで無いと安全が保てません。』との答えを聞いて、今はインドネシアもかなり危険で有ることを理解した...

(追記)私事で暫く日本を留守にします。その間記事は予約投稿で掲載させて頂きますが、頂いたNice、コメントには返信できないのでお許しください。


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インドネシア出張 [海外雑記]

 マレーシア出張から2週間経過した4月初旬、着陸寸前の景色.jpg私と同僚のS君は、前回急遽訪問を中止したインドネシアのジャカルタへ改めて出張することになった。ジャカルタに到着したのは午後4時半頃、空港には明日訪問する会社の通訳アントンさんが待っているはずだったが、いくら探しても見当たらない。到着ロビーをうろうろしていると、白タクらしき人達が寄ってきて、何処に行くんだと鈍った英語で話しかけてくる。無視してもしつこく付きまとう。あらかじめ聞いていたアントンさんの携帯電話も全く通じない。あきらめてTAXでホテルへ行こうと思いかけた頃、反対側に探しに行ったS君がジャカルタ国際空港首都「土木図書館所蔵」「撮影:伊藤清忠」.jpgアントンさんらしき人を連れて戻ってきた。私は軽く挨拶と自己紹介をした後、『ずいぶん探しました、何かありましたか?』と遅れた理由を聞いてみた。するとアントンさんが、『車が渋滞して到着が遅れてしまいました。申し訳ありません。』とぺこりと頭を下げた。

 私達は駐車場まで行き、アントンさんが手配した車に乗り込んだ。車が走りだしてからアントンさんが、『インドネシアは初めてですか?』インドネシアの地図.pngと訊ねて来た。私は、『いいえ、以前来た事があります。』と答えたが、S君は、『初めてです。』と答えた。するとアントンさんは、『インドネシア共和国は、世界で一番多くの島を持つ国です。その数1万8,110と云われています。人口は2億3千万以上で世界第4位です。』とインドネシアの説明をしだした。S君が、『へえ~1万8千の島ですか、すごい数ですね。』と驚いた顔をするとアントンさんは続けて、『実際、正確な数はインドネシア政府もジャカルタ市内.jpg把握していません。』と云ってにこりと笑った。

 『インドネシアは日本と深い関係があるんですよ。』と、さらに続けてアントンさんは説明しだした。『インドネシアがオランダ領だった頃は、過酷な植民地時代が続きましたが、日本軍の侵攻によりインドネシア・日本合作映画 ムルデカ.jpgオランダの植民地支配が瓦解し、日本の軍政下に置かれました。日本はインドネシアに対し緩和政策を取ったのですが、日本が負けると再びオランダの支配下に置かれましたしかし、日本軍政下に高度の軍事訓練を受けたスカルノ大統領を始めとしたインドネシアの青年層が独立運動を起こし、オランダから独立を勝ち取ったんです。この独立運動では、日本人が2000人以上加わり、半分の方々が死んでいます。』と、私も知らなかったインドネシアの歴史を語ってくれた...

 


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懐かしきベルギー (ドイツ アウトバーン) [海外雑記]

 『ベルギーで覆面パトカーに捕まった後、そのままドイツの国境を越えたのですよね』とM君。『ええ、ドイツの国境を越えると、E40は時速制限無しのアウトバーンになります。アウトバーン.JPGアウトバーンは、スイス、フランス、オーストリア、オランダ、チェコ、スロバキア、デンマーク、ポーランドなどの国々と繋がっています。ナチス政権下にヒットラーの指示で、高速走行に適したように設計されており、勾配は4%以内に抑えられ、航空機の発着も出来るよう舗装が厚く出来ています。一部は制限速度があるとはいえ、基本的には時速200Kでも300Kでも車の性能が続く限り、覆面パトカーが居ようと、白バイが居ようと、なんのお咎めもなく、罰金も取られない高速道路です。しかも全線無料で料金所もゲートもありません。』

 『フェラーリやランボルギーニ、メルセデスやポルシェ、BMWは、アウトバーンでも走らなければ意味が無いですよね。日本の道路で走っても、性能ぜんぜん出せない。』とM君。アウトバーン起工式で演説するヒトラー.jpg

『そうですよね、高級車の性能を出すにはアウトバーンのような道路がなければ宝の持ち腐れかも知れませんね。そうそう、アウトバーンを走行すると、意外と道幅が狭いと云う気がしました。多分スピード出しているから、そう感じるのだと思いますけど。』

 『ベルギーの国境を越えてアウトバーンに入ると、私はアクセル踏んで、160Kぐらいで走り続けました。メルセデス.jpgバックミラーを見ると遥か後ろに車が付いてくるのが見えました。ここはアウトバーンですから、覆面パトカーがいても大丈夫と思い、そのままスピードを維持して数分走っていると、ピカっと光った気がしました。何かなと思ってバックミラーを見ると、なんと、先ほど遥か後ろに見えた車がピタっと私の後ろに付いているではないでしょうか。その車、今度ははっきりメルセデスだと分かりました。メルセデスは左ウインカーを出して私に“道を譲れ”の合図をしています。私はあわてて、内側に車線を変更したところ、メルセデスは、あ!! と云う間に、おそらく200Kは出ていただろうスピードで私の車を抜き去って行きました。』アウトバーン出口.jpg

 『メルセデスが去った後、私はまた追い越し車線に戻り、今度はメーターが180Kになるまでアクセルを踏み続けました。さすがに180kで車を走らせると近くの風景は瞬時に流れ、少し恐怖感が出てきます。でも私はその状態で走り続けました。ふっと気づくと、既にボンの標識が出てきています。私は、出口に向かいスピードを徐々に落としだしました。出口はゆるいカーブになっています。さらに私はスピードをゆるめカーブにあわせゆっくりとハンドルを右に切りました。しかし、アウトバーンで死亡事故.jpgなんといくらハンドルを切っても高速出口のカーブが曲がりきれない。!!っと思い、ブレーキを思い切り踏みつけました。その瞬間、車と自分の体がぐるっと回っているのが分かりました。1回転半ぐらいしたのでしょうか、運が良いことに車は道路の壁すれすれの所でぶつからず止まっていました。』

 『大事故にならずに良かったですね。』とM君。

 『ええ、車が止まったとき、私と同僚は無言でお互いの顔を見合いました。』

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